形状可変ミラー(Deformable mirror)
形状可変ミラーとは,機械式もしくは圧電素子式のアクチュエータを備え,形状を動的に変化させることができるミラーである.有名なものに,スバル望遠鏡の補償光学システムがある.大気の揺らぎを計測し,それに応じて,内蔵された形状可変ミラーが複雑に変形する.これによって,よりクリアに星を観察できる.
我々が開発している形状可変ミラーは,X線領域で機能するものであって,主に補償光学用とナノ集光用のものを開発している.可視光用とX線領域用の違いで最も大きいものは,変形精度である.可視光に比べて約1万分の1の波長であるX線を用いるため,必要な変形精度は厳しい(波長に比例して厳しくなる).斜入射ミラーの場合,λ/4の波面精度を達成するための必要精度は4nm程度(波長=0.124nm,斜入射角=4mrad)である.高精度な変形を達成するために,圧電素子を用いた形状可変ミラー(圧電式バイモルフミラー)とX線波面計測法(グレーチング干渉計とペンシルビーム法)を開発している.
圧電式バイモルフミラーでは,基板と圧電素子が張り付けられた構造を持つ.圧電素子に電圧印加を行ことで,圧電素子自体が膨張・収縮する.基板と圧電素子の間に曲げモーメントが生じて基板がある曲率で変形する.1つの電極に電圧を印加すると,その直下が電圧に応じた曲率になるように湾曲する.複数の電極を配置することで,多数の曲率を持つ自由局面を作ることができる.
補償光学用とナノ集光用はほとんど構造は同じであるが,ナノ集光用ミラーでは,補償光学用ミラーよりも大きく変形できる構造を持つ.また,大きく変形させたとしても電極間の隙間に由来する変形誤差が生じないように工夫されている.上図は,開発したナノ集光用形状可変ミラーである.基板裏表に圧電素子が張り付けられており,中央にX線反射面を持つ.各電極に独立な電圧を印加できる.数十μm程度までの深さを持つ凹凸形状を形成できる.
このような形状可変ミラーを4枚用いることで,試料位置を含む実験セットアップを変えることなく,開口数を制御できる集光光学系を構築できる.実験に最適な開口数を選択したり,ビームサイズを変更できる.1つの装置で様々な顕微分析を実施できる複合型X線顕微鏡の開発が期待される.
SPring-8にて,この開口数可変集光光学系を構築した.開口数を変えながら集光X線のビーム強度分布を計測したところ,下図のように,計算で予想した通りの集光ビームを得ることができ,また,このビーム径を自在に変化させることに成功した.これは,形状可変ミラーが高精度に変形でき,所望の集光光学系が確かに構築されていることを意味する.
このようにX線領域で機能する高精度な形状可変ミラーの開発に成功した.今後はより実用的な実験に利用し,その結果のフィードバック&高度化によって,完成度の高い形状可変ミラーの開発を目指している.これを使った高度かつ多機能なX線顕微鏡の開発が期待される.